喜怒哀楽のバランス!普通の人なら喜怒哀楽あって当たり前、自分の感情を大切に。

2017年5月27日

今回は、トーンを変えて人間心理です。喜怒哀楽という言葉がありますが、ちゃんと喜怒哀楽を表現できていますか?普通の人間であれば喜怒哀楽の全てが揃うはずなんですが、自分の感情を誤魔化そうと喜怒哀楽のバランスが悪くなってる場合があります。今回は、喜怒哀楽の大切さについて。

人間には喜怒哀楽が必要と解く心得

まず喜怒哀楽について考えてみました。

喜怒哀楽とはその文字通り、次の4つの感情を四字熟語にしている単純明快な言葉です。

喜:喜び、嬉しいなどの感情

怒:怒り、ムカつきなどの感情

哀:悲しい、切ないなどの感情

楽:楽しい、幸せなどの感情

パッと見ではポジティブな要素(喜・楽)とネガティブな要素(怒・哀)に分別できるかと思います。

さて、これらの4つの要素ですけど、まぁ誰しも思うかもしれませんが、好き好んでネガティブな要素である怒りや悲しみは欲しくないですよね。

欲しいという方がいましたら、自分の分を分け与えたいです。(笑)

ただし、全くなくなればいいのにとも思わないです。

なぜなら喜怒哀楽という言葉があるようにこの4つの要素は人間が人間として生活する上で、大事な要素だからだと考えるからです。

なぜ大事なの!?

そう思いますよね。(笑)

自分もネガティブな感情はそりゃなければいいのになんて思いますよ。

でもこれらの感情はバランスが取れてこそ、人間らしく生きていけると思うんですね。

例えば、ネガティブな感情がなかったらどうなるかちょっと想像してみて欲しいです。

喜びと楽しみだけがある世界って実は、楽しくないような気がするんですね。

喜びと楽しみだけが当たり前にあって、ネガティブな要素がないとポジティブな要素がポジティブだと思わなくなると思うんですよ。

つまりロボットのような感覚になると思うんですよね。

そこで人間とはよくできたもので、ポジティブとネガティブの両輪が備わってると思ってます。

喜怒哀楽の重要性!ネガティブな感情は優しさを知る

ネガティブな感情は優しさを教えてくれる大事な要素だと思うんです。

想像してみてください。

怒りや悲しみだけでないですが、喜怒哀楽の全ての感情とは出来事に対して自分がどのように感じるかですよね。

つまりある出来事が起こった際にそれを嬉しいと思う人もいれば悲しいと思う人もいるわけです。

そして自分がその感情を抱いた時に何を思うかによって、次の行動が変わってくると思っています。

例えば、友達と喧嘩した時に起きる怒りからくる悲しさがあるとします。

その時に、この悲しさを同じようにもう一度したくないと思いますよね。

そんな時に自分の行動に変化があると思うんですよ。

例えば「少し言いすぎたな」と感じれば次回からは言い過ぎないように伝えようと思いますよね。

優しくしようと考えたというよりは悲しくなりたくないから結果的に優しくなったという手順です。

最初っから優しくしようと考えて行動できる人は同じような原因で喧嘩にはならないわけですから。(笑)

つまり、この結果的に優しくしようと思った感情が形成されるのは怒りや悲しみを抱いた感情に起因していると思います。

喜怒哀楽の必要性!なぜ人は喜怒哀楽の怒哀にフォーカスするのか

人は経験を重ねるごとに贅沢になってしまう性格のようです。

従って、喜怒哀楽の感情においても贅沢になってしまうんですね。

例えば自分の場合でも言えるのですが、世界をたくさん旅してきました。

そして多くの人たちに出会いました。

もちろん、大切な経験や出会いではあるのですが、きっと初めて海外へ飛び出した人と同じような感情を抱いてはいないと思うんです。

なぜならもうすでに経験してしまってるからなんですね。

経験とは良くも悪くも人に影響を与えると思います。

経験から来るメリットとは自信だと思います。

多くを経験しているからこそ、物事の経緯が推測できるんですね。

逆にデメリットとは慣れです。

慣れが多くなれば、感情移入も少なくなりますし、人によっては無関心になってしまう場合もあるんですね。

そしてポジティブな感情は積極的に取り入れたいと思うのも人間の性ですよね。

従って、多くの経験とは喜怒哀楽のポジティブな喜・楽の部分が多くなって来るんですね。

喜怒哀楽の感情は全て必要なもので、感情に対するバランスが大事だと思うんです。

このバランスが崩れてしまう原因の一つが経験から来る慣れだと思うんです。

ようは多くのポジティブな感情に慣れてしまうから、ネガティブな感情にフォーカスしやすくなってしまっていると思うんですよね。

そしてバランスが崩れて、ネガティブな感情が継続してしまうと自分の将来に悪影響が出てしまうと思うんです。

じゃ慣れてしまった人は不幸なのか!?

ようはバランスの取り方が上手く慣ればいいと思うんですよね。

バランスが崩れてしまう前にどうやってバランスを取るかを考えてみました。

自分の喜怒哀楽の感情を大切にする

嬉しい時に喜ぶのは簡単です。楽しい時に楽しむのは簡単です。

怒りがこみ上げてきた時に、怒るのは簡単です。悲しい時に悲しむのは簡単です。

でも表現するとなると難しいのは実はネガティブな要素じゃないですか?

これって人間というコミュニティー社会で生きているからだと思うんですよね。

本当は嫌だと思ったら怒りたい!

でも怒ったら他人に嫌われる、場合によっては不利な立場になると感じる場面があると思うんですよ。

この計算がネガティブな要素を表に出せない要因な気がするんですよね。

まぁ事実として嫌われたり、不利な結果になったりする可能性はあるわけで。

でもネガティブな要素を心の中で押し殺そうとすればするほど、その感情を内側に留めてしまって、逆にフォーカスしてると思うんですよ。

怒るという行為は動物的に言えば威嚇みたいなもので、ペットを飼っている人なら想像しやすいんじゃないですか。

気持ち良くないから威嚇して表現するというのは動物的に普通だと思うんですよ。

だから、自分の喜怒哀楽の感情をまずは受け入れるのが最も大事な行為なのかなと。

正しく怒りや悲しみと向き合ってみる方法

では関係が悪くなったりするのはどうするのか?

この表現の方法を適切にできるかどうかが、関係性を分けると思うんですよね。

いわゆるキレるという行為を取ってしまうと関係性が悪くなるのはほぼほぼ予想できますよね。

でも怒りや悲しみを表現するのは正しいけど、表現できないんじゃ言ってることは矛盾じゃないか!?

そうなんです、だから皆悩むわけです。(笑)

そしてこの場合、一度、怒りを自分の中に入れ込んでみたらいいんじゃないかなって思いました。

そして頭の中でイメージするんです。

嫌いなあいつをこらしめてやる!と。(笑)

そしてそのイメージをどんどんエスカレートさせてみてください。

文句を言ってやる!

論破してやる!

警察に通報してやる!

・・・あれ?

そんなにしなくてもよくない?

そしたらある一定の懲らしめるイメージまで達すると、なんだかそこまでするのは可哀想だなって線が出てきます。

その線は相手との関係性や、怒りや悲しみの原因に起因しているので、ケースバイケースですが。

その点まで達すると自分の中で、少しスッキリする気持ちになるんです。

また同じ原因に起因している喜怒哀楽の感情は1回だけではなく何度か起こります。

その度に同じように頭の中で懲らしめるイメージをエスカレートさせて一定の線まで達してみてください。

この感情の起伏もまるで海の波のように何度かすればやがて落ち着くんですね。

楽しいのも慣れてくると笑わなくなるじゃないですか。それと同じです。

ここでポイントはこの感情の波があるうちはできるだけ当事者と関わらないようにすることです。

せっかく静まり出した感情の波がまた大きくなる原因なんですね。

結局は先入観で物事を判断してしまう思考があるので、嫌いだと感情を持った人と接しているとどんな行動でもまず嫌いだという感情からスタートするんです。

だからその感情があるうちはできるだけ距離を取る。

それが自然なのかなって思いました。

まとめ

まぁ生きていれば失敗なんていくらでもするもんですからね。

と思って生きるくらいが一番楽に生きれるんじゃないでしょうか。

そういう人たちに会ってきて自分はそう思いました。(笑)

ブッタやキリストはすごい思想を残してこの世を去りましたが、彼らにも必ず喜怒哀楽はあったはずです。

だから自分の感情、喜怒哀楽は大切にしたいなと思いました。

そんじゃ、また。