ガダルカナルへ実際に行った男が、永遠の0を読んで感じた平和な日本!

ガダルカナル島へ行った男が永遠の0を見た感想

第二次世界大戦は日本国民の方々なら全員知っていると思います。その戦争時代の実話を背景に小説化した『永遠の0』についてレビューしたいと思います。永遠の0は映画にもなってますよね。その中で登場した南太平洋の島であるガダルカナル島へ実際足を運んだ自分が感じた平和な日本を考えてみました。



第二次世界大戦とガダルカナル島


ご存知だと思いますが、第二次世界大戦は1939年から1945年まで続いた世界戦争です。

日本を中心として見た別名では太平洋戦争や大東亜戦争と呼ばれます。

以前、第二次世界大戦については終戦記念日に併せて記事を作成しました。詳細は下記リンクからどうぞ。



永遠の0は第二次世界大戦の背景をそのまま小説化しているので実際の人物も含まれています。

また戦場も実在するし、フィクション小説ですが、ほぼ事実に沿った内容です。

今回は永遠の0に登場するガダルカナル島について紹介したいと思います。

永遠の0に登場するガダルカナルという島をご存知でしょうか。



ガダルカナル島は現在はソロモン諸島の首都ホニアラがある島です。

オーストラリアの北東にあり、パプアニューギニアの東、バヌアツの北西にあります。

ガダルカナル島もそうですが、国家であるソロモン諸島の認知度も高くないと思います。

でも日本人とこのガダルカナル島はとっても深い関係があったんですね。

平成時代のガダルカナル島


終戦から71年が経った2016年にソロモン諸島のガダルカナル島へ行ってきました。

実は「永遠の0」を知らずにガダルカナル島へ行きました。(ガダルカナルへ行ったことを友人に話したら永遠の0を教えてもらったというね。)

自分は世界の歴史と文化が好きで、ガダルカナル島へ行った目的は世界大戦時の日本の戦艦がみれる海があるという情報を元に訪ねました。

事前に、第二次世界大戦の戦場と言われたガダルカナルの戦いは勉強してました。

その時に多くの戦艦がガダルカナル島近海へ沈没したため、現在は沈船を確認できるダイビングスポットとなりました。

海底に多くの戦艦が沈没していることから海域の名前をアイアンボトムサウンドと呼ぶようになったと言われています。

あとで知った話ですが、ガダルカナル島には日本の企業が現在もインフラ整備の為に多くのODAを行ってるんですね。

だからソロモン人の間では、日本の企業と言えばKITANOだそうです。

そのおかげで自分が日本人だと伝えると仲良くさせてもらいました。

KITANO企業さんありがとうございます!

ガダルカナル島までの行き方


次にガダルカナル島までの行き方です!

ガダルカナル島へ行くのであればソロモン諸島の首都ホニアラへ飛行機で行く方法しかありません。

ホニアラまでは日本から直行便がないので経由便で行きます。以下の経由地からホニアラへ行けます。

ニューギニア航空 ポートモレスビー経由
成田(東京)発
ソロモン航空 ブリスベン、シドニー経由
別航空会社にてブリスベン、シドニーへ
ヴァージン・オーストラリア ブリスベン経由
成田(東京)発 関空(大阪)発 名古屋発 福岡発

ガダルカナル島は千葉県と同じくらいの大きさの島で、ホニアラは首都ですが7万人にも満たない小さな町です。

オセアニア地域では人口が少ない首都は珍しくなく、オーストラリアとニュージーランド、パプアニューギニア以外の首都は本当に小さい町レベルの首都です。

終戦から71年も経っているので町から戦争を感じさせるものはありませんでした。

現地のソロモン人も日本人の自分に対して特に嫌悪感を抱いたりする様子はなく、むしろ旅人として歓迎してくれました。

アイアンボトムサウンドに沈船探し


ソロモン諸島のガダルカナル島へ来た理由は日本の戦艦を探すことです。

アイアンボトムサウンドには日米双方の戦艦が沈んでいます。

その数を見てください!

解っているだけでもこの数です。

アイアンボトムサウンドに沈んでいる日米の戦艦
有名な綾波霧島は沖合にありすぎて到達できませんでしたが、海岸線に打ちあがっている軍艦を発見できました。

自分が発見したのは鬼怒川丸です。

鬼怒川丸は戦艦ではなく輸送船だったようですが、第二次世界大戦で活躍した軍艦であることに変わりはありません。

またソロモン人から多くの情報を教えてもらいました。

現在のホニアラ首都国際空港は日本軍がルンガ基地として飛行場を作った情報や、日本軍が当時防空壕としていた洞穴を教えてもらいました。

何があるでもない空間ですが、そこには戦争があったんだと思います。

日本人慰霊碑もホニアラの丘に建てられていました。

アメリカ人慰霊碑も別の丘に建てられていました。

永遠の0と平成の日本


戦争中の生活というのは、戦後生まれの自分たちには想像できないような時代だったと思います。

永遠の0は小説ですが、内容と事実に大きな違いはないと思います。

ソロモン諸島は日本から6,000キロほど離れた場所です。

そこまで進軍する精神とはどんなものか考えれば納得できます。

今はとても平和であると思います。

だって日本の街を歩き回っていて死を意識する場面はそうそうないですよね。

それと同時に他人を意識する場面もいい意味で減り、悪い意味で増えている感じがします。

この表現を説明すると、他人と共存する意識が減り、他人の悪い部分を意識している社会になっている感じがします。

戦時中や戦後直後は集団を大切にしていた意識があると思いました。

その時代を生きてませんが、永遠の0などの書籍や、途上国へ行けば何となく昔の日本もそうだったとわかります。

逆に、粗さがしではないですが、不満があればすぐに主張する人が増えていると思います。

そこには何かと敵を作りたがる感じがします。

永遠の0のセリフに「今、街には、自分さえよければいいという人間たちが溢れている。」と登場します。

このセリフに何かピンッとくるものがありました。

今の平和な世の中では民主主義が基本となり個人の自由が当時よりかなり強くなったと思います。

独裁や尊王攘夷などではないので一般人にとっていいことなのですが、忘れてはいけないものが忘れられている感じも否めません。

自由を主張するあまりに他人と共存している意識の低下がみられます。

日本の教育は集団意識を高めているサラリーマンを量産していると言われます。

そのような部分はありますが、個人が自由気ままにルールもなく生きていて国という単位は成り立たないです。

もっと小さく言えば会社、学校、サークル、クラブ活動、家族も同様です。

まとめ


戦争時代に学ぶことは戦争をしないという点と、社会と個人の共存だと思います。

戦争はあるものではないですが、その当時の道徳を持つと身の回りに変化があるかも知れないと感じました。

永遠の0をまだ読まれてないのであれば一度、機会を作って読んでみてはいかがでしょうか。



そんじゃ、また。

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